
フランス・ボルドー地方のメドックおよびオー・メドック地区において、新たにAOCメドック・ブラン(Médoc Blanc)が認可された(INAOの承認済み、現在は農務大臣の最終サイン待ち)。これまでAOCメドックは赤ワインのみ認められていたが、今後は白ワインも可能となる。順調に進めば、2025年ヴィンテージから市場に登場する見込みだ。
メドック(Médoc)は、フランス、ボルドー地方の左岸(ジロンド川左岸)に位置し、世界的に有名な赤ワインの産地。カベルネソーヴィニヨンやメルローを主体とした長期熟成向きのワインが多く、1855年の格付けに選ばれた約60のシャトーがこの地区に集中している。ボルドーワインの中心地とも言える場所であり、シャトー・マルゴーやシャトー・ラフィットロートシルトといった名門シャトーもここに位置する。
このエリアの一部のシャトーは、以前から白ワインを少量生産していたものの、これまではAOCボルドーブランとして格下の扱いで販売されてきた。しかし、今後はAOCメドック ブランとして正式に認められ、より高い格付けのもとで市場に登場することになる。
メドックの白ワインの歴史

メドックおよびオー・メドックは、19世紀から20世紀初頭にかけて白ワインの主要産地だった。しかし、1936年にAOC制度が発足すると、この地域は赤ワインに特化する方針を採り、白ブドウの樹は大部分が引き抜かれた。AOCメドックの赤ワインは単なるAOCボルドーの白ワインよりも高値で取引されていたため、ほとんどの生産者は赤ワインに集中するようになった。その結果、ごく一部のシャトーのみが、ごく少量の白ワインを造り続けていた。
2020年代に入り赤ワインの消費が伸び悩む一方で、白ワインの需要は堅調に推移。こうした市場の変化を受け、近年ではメドックのシャトーの間で白ワイン造りへの関心が高まっている。現在、メドック地区では約90のシャトーが白ワインを生産しており、総面積は約200haとなる。
この流れを受け、2023年末にINAOに正式な申請書類が提出された。そして、2025年2月6日に、認可された。新AOCの審査には10年以上かかるのが一般的だが、今回は極めて迅速に承認された。
メドック・ブランの主な法規・規定
生産エリアはAOCメドックの赤ワインと同じで、メドック地区の8つのアペラシオン(サンテステフ、ポーイヤック、サンジュリアン、マルゴー、ムーリ、リストラックの6つの村名AOC、メドック、オーメドック)に限定される。
使用可能なブドウ品種は、従来のボルドー白ワインの主要品種であるソーヴィニヨン・ブラン、ソーヴィニヨン・グリ、セミヨン、ミュスカデルが中心。また、新たに6種類のVIFA(環境適応のための有望品種)が導入された。今回認可された品種は、アルバリーニョ(Alvarinho)、フロレアル(Floréal B)、リリオリラ(Liliorila B)、ソーヴィニャック(Sauvignac B)、スヴィニエ・グリ(Souvignier gris)の5種。これらの新しい品種は、ワイナリーの白ワイン用畑の総面積の5%まで栽培可能で、商品化されるワインには最大10%まで使用可能だ。
一方、シャルドネ、シュナン、マンサン種も候補に挙がったが、最終的に認可されなかった。これは、申請手続きの迅速化を優先したためと考えられている。
熟成については、収穫翌年の3月31日までに、最低3か月間、最低30%の樽熟成が義務付けられた。
この「白ワインの樽熟成の義務化」はボルドー白ワインのAOCでは初めての規定。AOCペサック・レオニャン、AOCグラーヴ、AOCソーテルヌ、AOCバルザック、AOCアントル・ドゥー・メールといった既存のAOCでは、樽熟成は義務ではない。実際、多くのトップシャトーが白ワインを樽熟成させているものの、これまでそのルールが明文化されることはなかった。

メドックの白ワイン生産の理由と今後の展望
メドックは赤ワインの産地であり、同一シャトーで、白ワインの価格が赤ワインの価格を上回ることは殆どない。それでも、なぜ自社畑で白ワインを生産するのだろうか?
- メドックではかつて白ワインの生産も盛んであり、その伝統を受け継ぎ、再び白ワイン造りに力を入れる動きが出てきている。
- シャトーの敷地内には、赤ワイン生産に適さないが、白ワイン生産には適した区画が存在する。
- 白ワインは一般的に赤ワインより生産コストが低く、収量が高い場合が多い。
- 経営戦略として、赤ワインだけに依存せず、白ワインを加えることでポートフォリオを拡充し、リスク分散が可能になる。
- 料理とのマリアージュの場において、辛口白ワインが求められることは少なくない。シャトーに人を招いた際や、プロモーションの場面で、自社の白ワインを提供できる意義は大きい。
- 地球温暖化の影響で、軽やかで爽やかな白ワインの人気が高まり、メドックのシャトーも新たな市場の需要に対応する必要がある。
このように、メドックの白ワインが増えている背景には、生産者側の事情・戦略から消費者の嗜好の変化に至るまで、さまざまな要因が絡んでいる。
今回のメドック・ブラン誕生について、既に一定量の白ワインを生産・販売しているシャトーにとっては、エチケットの「AOC Bordeaux」が「AOC Médoc」に変わるだけかもしれない。
一方で、白ワイン生産を検討中のワイナリーにとっては、今回のAOC設定は大きな意味を持つ。従来のAOCボルドー・ブランでは、トップシャトーを除けば高付加価値化が難しく、シャトーの自社畑で生産した白ワインと、買い付けブドウから造る安価なネゴシアンワインをAOCの枠組みで区別することができなかった。
AOCメドック・ブランの誕生により、今後メドック地区での白ワイン生産は確実に増えていくだろう。既に試験的に白ワインを生産していたシャトーが、本格的な生産へ移ることが予想される。

白ワインを生産しているメドック、オーメドック地区の有名シャトーのリスト
1855年格付け1級
Aile d’Argent (Château Mouton Rothschild)、 エールダルジャン(シャトームートンロートシルト)
Pavillon Blanc du Château Margaux(Château Margaux)、パヴィヨンブランデュシャトーマルゴー(シャトー マルゴー)
1855年格付け2級
Cos d’Estournel blanc ( Château Cos d’Estournel )、コスデストゥルネル ブラン (シャトー コスデストゥルネル)
Brane-Cantenac Blanc ( Château Brane-Cantenac )、ブラーヌ カントナック ブラン (シャトー ブラーヌ カントナック)
1855年格付け3級
Les Arums de Lagrange ( Château Lagrange )、レザルムドラグランジュ(シャトー ラグランジュ)
Alto de Cantenac Brown ( Château Cantenac Brown)、アルトドカントナックブラウン (シャトー カントナック ブラウン)
1855年格付け4 級
Château Talbot Caillou Blanc (Château Talbot )、シャトータルボ カイユブラン(シャトー タルボ)
Le Blanc du Château Prieuré-Lichine (Château Prieuré-Lichine )、ルブランデュプリウレリシーヌ(シャトー プリウレ リシーヌ)
Château La Tour Carnet Blanc (Château La Tour Carnet)、シャトーラトゥールカルネ ブラン(シャトー ラトゥール カルネ)
1855年格付け5級
Le Blanc de Lynch-Bages ( Château Lynch-Bages )、ルブランドランシュバージュ(シャトー ランシュバージュ)
格付けシャトー以外
Blanc de Chasse-Spleen ( Château Chasse-Spleen )、ブランドシャススプリーン(シャトー シャススプリーン)、Moulis-en-Médoc
Château Fourcas Hosten Blanc ( Château Fourcas Hosten )、シャトーフルカオスタン ブラン(シャトー フルカオスタン)、Listrac-Médoc
Château Fourcas Dupré Blanc ( Château Fourcas Dupré )、シャトーフルカデュプレ ブラン(シャトー フルカデュプレ)、Listrac-Médoc
Le Merle Blanc de Château Clarke ( Château Clarke )、ル メルルブランドシャトークラーク(シャトー クラーク)、Listrac-Médoc
Le Cygne de Château Fonréaud ( Château Fonréaud )、ルシーニュドフォンレオー(シャトー フォンレオー)、Listrac-Médoc
La Mouette de Château Lestage( Château Lestage )、ラムエットドシャトーレスタージュ(シャトー レスタージュ)、Listrac-Médoc
L’Aile de Liouner ( Château Liouner )、レールドリウネ(シャトー リウネ)、Listrac-Médoc
Château Saransot-Dupré Blanc (Château Saransot-Dupré )、シャトーサランゾデュプレ ブラン(シャトー サランゾ デュプレ)、Listrac-Médoc
Château Tronquoy-Lalande Blanc (Château Tronquoy-Lalande)、シャトートロンコワラランド ブラン(シャトー トロンコワ ラランド)、Saint-Estèphe
Blanc de Côme ( Château de Côme )、ブランドコム(シャトー ドコム)、Saint-Estèphe
Château La Tour de By Blanc ( Château La Tour de By )、シャトーラトゥールドビ ブラン(シャトー ラトゥール ド ビ)、Bégadan
L’Impatient de Gadet Terrefort ( Château Gadet Terrefort )、ランパッシャンドガデテルフォール(シャトー ガデ テルフォール)、Gaillan-en-Médoc
Château Loudenne Blanc ( Château Loudenne )、シャトールデンヌ ブラン(シャトー ルデンヌ)、Saint-Yzans-de-Médoc
Le Pélican Blanc du Chateau Doyac ( Chateau Doyac )、ルペリカンブランデュシャトードイヤック(シャトー ドイヤック)、Saint-Seurin-de-Cadourne
Château Poitevin Blanc ( Château Poitevin )、シャトーポワトヴァン ブラン(シャトー ポワトヴァン)、Jau-Dignac-et-Loirac
これらのシャトーは白ワインを常時生産・販売しており、今回のAOCメドックブランを採用する可能性が高い。
メドック内で白ワインを生産しているが、使用品種の点でAOCメドックブランにはなれないシャトー

Vin Blanc de Palmer ( Château Palmer )、ヴァンブランドシャトーパルメ(シャトー パルメ)、1855年格付け3級
ミュスカデル、ソーヴィニオングリ、ローゼ Lauzet(ベアルンやジュランソンの品種)等を使用。
Tertre Blanc ( Château du Tertre )、テルトル ブラン(シャトー デュ テルトル)、1855年格付け5級
シャルドネ、グロマンサン、ヴィオニエ、ソーヴィニオンブラン種のアッサンブラージュ
Le Retout Blanc ( Château du Retout )、ルルトゥ ブラン (シャトー ドゥ ルトゥ)、Cussac-Fort-Médoc
ソーヴィニョン・グリ、グロ・マンサン、サヴァニャン、モンドゥーズ・ブランシュ種のアッサンブラージュ
これ以外でも、一般に販売していないが、白ワインを実験的に生産している格付けシャトーや有名シャトーがある。例えば、ポーイヤックにあるシャトーピションコンテスドラランドはピション コンテス ブラン Pichon Comtesse Blancというワインを実験的に生産している。2020年頃にはシャルドネとサヴァニャンを収穫。他品種も試している。格付け3級のシャトーキルヴァンもシャルドネ100%の白ワインをリリース準備中だ。
2025年2月16日記
参考文献
INAO
Terre de vins

