一般にマスタードは、マスタード種子をすり潰し、水、塩、酢やワインヴィネガーを加えてつくります。フランスではマスタードの種類が法律で決められています。
粒マスタード
(仏) Moutarde à l’ancienne ムタール・ア・ランシャン
(英) Whole-grain mustard ホール・グレイン・マスタード
カラシナの種子をつかったマスタードは世界中にありますが、最も古いスタイルはこの粒マスタードでしょう。「昔風マスタード」というフランス語の名称がその歴史を物語っています。昔は手作業で大量の種子を完全に潰すことができませんでした。工業化された現代でもこの古いスタイルのマスタードが残っているのは、後述のディジョン・マスタードに比べてまろやかな味わいだからです。マスタードの辛味は種子を潰して出てくるので、潰していない粒マスタードは辛味が少ない特徴があります。粒を感じる食感に対する好みは様々ですが、この粒マスタードは世界中でつくられています。
ディジョン・マスタード
(仏) Moutarde de Dijon ムタール・ド・ディジョン
(英) Dijon mustard ディジョン・マスタード
ディジョンはフランスのブルゴーニュ地方にある都市の名前です。フランスにおけるマスタードの代名詞で、「マスタードといえばディジョン。ディジョンといえばマスタード」です。実際フランスで流通しているマスタードの90%はこのディジョン マスタード。ブルゴーニュにある4社がその大部分を生産し、世界中にも輸出されています。
ディジョン・マスタードの特徴はブラウン・マスタードの種子を完全に潰したクリーム状のマスタードです。ワインヴィネガーがしっかり加えられており、酸味と爽やかさがポイントの辛口なマスタード。塩は加えられますが、砂糖を加えることは禁止されています。なお、ブラック・マスタード種子は法規上使用可能ですが、現在では殆ど使用されていません。
全体に規定が厳しく、他の香味、例えばハーブ・スパイスを加えると、ディジョン・マスタードは名乗れません。ターメリック(ウコン)を加えて色付けをすることも禁止されています。シンプルな辛口マスタードだけがディジョン・マスタードを名乗れます。もちろん、フランスでは粒入りのマスタードはディジョン・マスタードを名乗れません。
ディジョン・マスタードは辛口ですが、「フォールForte」や「エクストラ・フォールExtra-Forte」とエチケットにラベルに添えることが許可されていて、極辛口なマスタードを指します。一方「ミ・フォールMi-Forte」と書かれたマスタードは法規にはなく、各社が独自に定義しています。これは後述の甘口マスタードと辛口なディジョン・マスタードの中間の存在で、オイル類や糖分添加がされていることが多いです(この場合、ラベルにディジョン・マスタードとは明記できず、単にムタール・ミ・フォールMoutarde Mi-forteと明記されます)。
このディジョン・マスタードには原材料の産地規定はありません。世界中どこでもいいのです。日本でもアメリカでも製造の規定を守ればディジョンマスタードを生産・販売していいのです。実際カナダ産の原材料で、アメリカで製造されたディジョンマスタードが北米大陸で大量に消費されています。その現状を変えるべく、フランスブルゴーニュ産の原材料に拘ったものがブルゴーニュ・マスタード Moutarde de Bourgogne IGPです。これは下記のページを参照していただければ幸いです。
甘口マスタード
(仏) Moutarde douce ムタール・デュース
(英) Sweet mustard スィート・マスタード
通常、糖分添加した甘いマスタードを指します(法規上糖分添加の義務はなく、糖分添加していない「マイルドな、ソフトな味わい」のものもあります)。辛味の苦手な顧客へのマスタードとして世界中で見つけることができます。
辛口のディジョン・マスタードに比べると原材料の規定は緩く、様々な材料を加えたバリエーション豊かなカテゴリーです。中でも次の3つの甘口マスタードは独立して規定されています。
(仏) Moutarde verte ムタール・ヴェール
日本語では、グリーン・マスタードです。エストラゴン等のハーブ類の添加が認められています。マスタードの色が綺麗な緑になっていて、爽やかな香りが料理を引き立たせます。
(仏) Moutarde violette ムタール・ヴィオレット
日本語では、紫マスタードです。黒ブドウ果汁を加えてつくられます。フランス各地でつくられますが、フランス南西地方の特産物として知られています。特にコレーズ Corrèze県、メゾン・ドノワDenoixがつくる Moutarde violette de Brive ムタール・ヴィオレット・ド・ブリブが有名。ブーダン・ノワールやアンドゥイエットと合わせるのが定番とされています。
(仏) Moutarde brune ムタール・ブリュヌ
日本語では、ブラウン・マスタードです。一般に「Moutarde brune」はブラウン・マスタード種子を指しますが、最終商品のラベルに明記された場合、ブラウンやブラック・マスタード種子の皮を加えた褐色のマスタードを指します。フランスでもあまり見かけないレアなマスタードになっています。
ここまでは法規がありますが、フランスでよくみかける ムタール・エーグルデュース Moutarde Aigre-Douceに規定はありません。ドイツのKühne社のものは、ワインヴィネガーと糖分の両方をしっかり加え、甘酸っぱい味わいに仕上げています。
マスタード
上記3つのカテゴリー以外は単にムタール Moutardeになります。原材料の規定も緩く、シンプルなものはもちろん、様々なバリエーションがあります。フランスでは以下の材料が加えられているものがあります。
「赤ワインヴィネガー、バルサミコ酢、シードル・ヴィネガー等のヴィネガー類」
「コニャック、カルヴァドス、ワイン、ビール、クレーム・ド・カシス等の酒類」
「バジル、タイム、マジョラム、アニス、エストラゴン、シブレット、パセリ、サフラン、コリダンダーの葉、等のハーブ類」
「カレー、コショウ、唐辛子、コリアンダーの種、ヴァニラ等のスパイス類」
「レモン、ミラベル、ゆず、フランボワーズ、にんにく、トマト、いちじく、オリーブ、ホースラディッシュ等の果物・野菜類、及びジャム等の加工品」
「トリュフ、ジロール、セップ等のキノコ類」
「クルミ、ごま、ケシ等の種実類」
「パルメザンチーズ」「はちみつ」「パン デピス」「海藻」等。
以上複数を組み合わせて、興味深い味わいのマスタードに仕上げている商品もあります。食卓の気分を変えることができますので、是非お試しください。
これ以外に粉末のマスタードも法規にありますが、フランスではあまり見かけません。食用よりも薬効を目的としたものが多いようです。
FALLOT社が星付きレストランBERNARD LOISEAUと共同開発したセップ茸と紅茶のマスタード
FALLOT社が星付きレストランBERNARD LOISEAUと共同開発したヘーゼルナッツの花、ブルボンのヴァニラ(インド洋の島が原産)のマスタード
FALLOT社が星付きレストランBERNARD LOISEAUと共同開発した、海藻Dulseとティムールペッパー(ネパール花椒)のマスタード
ゆず入りのマスタード。ゆずはフランスのガストロノミーの世界では既に「定番」の食材。このマスタードはゆずの果汁を6%含む。
熊ニンニク(ラムソン)入りマスタード。フランス・高級レストランの春の食材、熊ニンニクの葉を使用
海草入りマスタード。フランスでは海草はあまり食されないが、北西部のブルターニュ地方は例外。このマスタードは10%の海藻を含む。
フランス、ロレーヌ地方の名産にミラベル(スモモの一種で果皮は黄金色)があります。ミラベルは世界生産の約70%をロレーヌ地方が占めており、そのミラベルを使ったマスタードがロレーヌ地方ででつくられています。
如何でしたか。フランスでは、マスタードは大きく4つに分類されます。「粒マスタード」「辛口のディジョン・マスタード」「甘口マスタード」「それ以外のマスタード」です。フランスでのマスタード選びの参考にしてください。