フランスでは2月に入ると、マルディ・グラのお菓子が登場します。この季節菓子が並ぶと皆、「ああ、春はもうそこまで来ている。」と思うようになります。日本で例えれば、「梅が咲き始めた。」という感覚でしょうか。
では、マルディ・グラとは何でしょう。これには宗教的な意味合いがあります。キリスト教徒にとって、クリスマスと並んで重要な日が春の復活祭 Pâquesです。この復活祭の日付は太陰暦に基づくため、3月末から4月の間で毎年移動します。この復活祭前の47日間をカレーム Carèmeと呼び、動物性食品を節制する伝統があります。このカレーム直前の7日間を「謝肉祭、カーニバル Carnaval」と呼び、節制に備えて、しっかりした食事を摂ります。この謝肉祭最終日の火曜日がマルディ・グラ。フランス語で、マルディ mardiは火曜、グラ grasは脂、つまり「肥沃な火曜日」を意味します。
このマルディ・グラには古くから菓子、特に揚げ菓子、揚げパンを食べる習慣があります。その歴史は古代ローマ時代まで遡り、現在は欧州全域に広がっています。なぜこの時期に、揚げ菓子を食べるのでしょうか。それは、節制期間前に栄養をつける為、また家にある卵や油、小麦粉などの食材を余らせない為、と言われています。ゴーフル、クレープと同じ食材であり、手軽に沢山つくれるフランス料理という共通点があります。
現在のフランスでは、各地方ごとに様々なマルディ・グラのお菓子があります。ベルギーに近い北フランスやノルマンディー地方ではゴーフル Gaufres、ブルターニュ地方ではクレープ Crêpesが一般的。それ以外の地域では、べ二エ Beignet (Begnié)を食べます。べ二エは、小麦粉、卵、油を使った揚げ菓子で、バターや酵母、ベーキングパウダーを加えることもあります。最後に粉砂糖をまぶすことが多いです。このベニエには、フランス各地でさまざまなバリエーションと名称がある地方菓子となっています。四角い揚げパンや、非常に薄い揚げ菓子等々。まずは、フランス全域で最も流通しているブーニュ Bugnesとオレイエット Oreillettes からご紹介します。
ブーニュ Bugnes
フランスで一番ポピュラーなマルディ・グラの揚げ菓子です。Bugnesの語源は、揚げ菓子のベニエBeignetを意味するリヨン訛りbugniから来ています。もともとイタリアに近いサヴォワ公国から伝えられ、1532年にはフランソワ・ラブレーによって、リヨン料理の1つとして記載されています。伝統的に、ブーニュはディジョンからリヨンを通って南仏アルルまでで見かけることが多く、特に食の都リヨンのブーニュが有名です。今では、ブーニュ(ビューニュ)はマルディ グラのお菓子の代名詞となり、フランス各地で見かけるようになっています。
ブーニュにはいくつかのスタイルがありますが、ここでは主な2つをご説明します。1つは、ブーニュ・モワルーズ Bugnes Moelleusesといわれる柔らかいブーニュで、製造時にベーキングパウダーか酵母を加え、生地を膨らましています。焼きあがったブーニュは僅かにオレンジがかっています。ねじったり編んだりして成形したものが少なくありません。柔らかいドーナッツのイメージでしょうか。2つ目は、ブーニュ・クロッカン Bugnes Craquantes、あるいはブーニュ・クルスティヤン Bugnes Croustillantesといわれる、比較的薄いパリパリ生地のもの。こちらには通常ベーキングパウダーや酵母を入れません。リヨンではブーニュ・モワルーズが優勢で、南仏のアルルでは薄い生地のブーニュが多くなります。
オレイエット Oreillettes
非常に薄いパリパリ生地の揚げ菓子です。色はブーニュより薄めで、形状は長方形に近いものが多いです。作り方は上記のブーニュ・クロッカン Bugnes Craquantesに近く、ベーキングパウダーを使用しません。オレンジ フラワー ウォーター (eau de fleur d’oranger)やラム酒、パスティス等で香りづけされたものが多いです。
一般に南フランスの揚げ菓子とされ、ラングドックのオレイエット Oreillettes du Languedocや、プロヴァンス地方のオレイエット Oreillettes de Provenceが有名です。最近ではフランス全域で、1年中見かける定番の揚げ菓子になっています。
オレイエット Oreillettesの語源は、耳を意味するフランス語のOreilleからきています。キリストの耳を意味するという説もあります。
メルヴェイユ Merveilles
スペイン国境に近い南西地方やボルドーでは、メルヴェイユの名前で呼ばれています。ブーニュとほぼ同じ揚げ菓子。オレイエットのような薄いパリパリの揚げ菓子の場合もあります。
メルヴェイユに関しては、フランスのサヴォワ地方、イタリアのアオスタ地方、スイスの一部でもこの名前が使われています。
メルヴェイユ Merveillesは、フランス語で、素晴らしいもの、優れたものを意味します。
ブニェット Bougnettes(カタローニャ語では Bunyetes )
スペイン国境近くのペルピニャンでは、ブニェットの名前で呼ばれています。オレイエットのような薄いパリパリの揚げ菓子ですが、円形のものが多いです。菓子名の語源は揚げ菓子一般を意味するベニエ Beigneからきているようです。
ガンス Ganses
イタリアとの国境に近いニースでは、ガンス Gansesと呼ばれています。ブーニュに似た揚げ菓子で、地元マントンのレモンの皮で香りづけされたものがあります。形状は四角や菱形、或いは細長いものが多いです。ニースの謝肉祭カーニバルは欧州屈指の規模で、毎年2月に2週間続きます。ガンスはこの謝肉祭の象徴ともいえる揚げ菓子です。
ファンテジー Fantaisies と グニーユ Guenilles
ブルゴーニュ地方、特にコートドール県ではファンテジー Fantaisiesと呼ばれ、フランス中央部のオーヴェルニュ地方では、グニーユ Guenillesといわれています。形状、味はリヨンのブーニュと一緒です。
シャンクレ Schenkele シャンカラ Schankala
ドイツと国境を接するアルザス地方では、北のストラスブールではシャンクレ Schenkele、南のコルマールではシャンカラ Schankalaと呼びます。ブーニュ・モワルーズに似た揚げ菓子で、形状は小さいラグビーボール型が多いです。アルザス語で「ご婦人の太もも」を意味します。スイスのドイツ語圏でも同じ揚げ菓子を見かけます。
アルザス地方では、これ以外にも大きな丸い揚げパンをマルディ・グラに食べます。プレーンな揚げパンもありますが、中にジャムやクリーム、チョコレートが入っているものもあります。
ペ・ド・ノンヌ Pets de nonne
フランシュ・コンテ地方ボーム・レ・ダーム Baume-les-Dames周辺、或いは、ロワール地方トゥール Tours周辺が発祥とされています。ペドノンヌ Pets de nonneは「修道女(尼さん)のおなら」という意味。形状はブーニュ・モワルーを一口サイズの小さい球体にしたものです。
ユーモラスな名前がうけるのか、最近ではフランス各地でも見られるようになり、アメリカ、カナダ、イギリスでも食べられるようになっています。
ボットロー Bottereaux、 トゥルティソー Tourtisseaux、 フティマッソン Foutimassons
3つとも大西洋岸側のエリアで、ボットロー Bottereauxはナント周辺、 トゥルティソー Tourtisseauxはポワトゥー・シャラント地方、フティマッソン Foutimassonsはヴァンデ地方の呼び名です。ブーニュ・モワルーズとほぼ同じ菓子ですが、菱形か、長方形のものが多いです。
いかがでしたか。ガレット・デ・ロワに続き、初春のフランスを彩る季節菓子。各地方でバリエーションがあり、郷土菓子となっています。フランス料理の1分野として確立しており、とても興味深いと思います。全体に南フランスの方がパリパリな揚げ菓子が多いと思います。乾燥した南フランスの気候が関係しているかもしれません。元々謝肉祭、カーニバルの1週間に食べる菓子でしたが、今は2月~4月の間、フランス全域で見かけるようになりました。この時期フランスを旅する際は、ぜひパン屋さんで探してみてください。
マルディ・グラのフランス地方菓子をまとめた地図 画像引用:Francais de nos regions