2021年12月、ブルターニュ地方カランテック Carantecで見つかった世界最大の牡蠣。重さ2.22㎏。この巨大なカキは、それ以前の世界記録を20g上回りました。全長26.5㎝、横幅13㎝、高さ10㎝。引用:Le télégramme
追記
2023年秋、南フランス、マルセイユ傍のPort-Saint-Louis-du-Rhôneで、重さ2.36 kgの牡蠣が見つかり、世界記録が更新されたようです。全長31 cm、横幅12 cm、高さ10 cm。情報ソース:France info
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フランス牡蠣の主要産地
ここでは6産地に分類してご説明します。下記数値は、2021年の消費者向け出荷数量です(2021年、フランス合計は80911トン)。
1) Normandie ノルマンディ地方 8385トン
1944年6月、連合軍による上陸作戦の場となったノルマンディの海岸一帯は、フランス最大の牡蠣生産地になっています。詳細は「フランス牡蠣の世界 5 ノルマンディの牡蠣 」になります。
2) Bretagne ブルターニュ地方 19274トン
フランスの最西端に突き出す半島がブルターニュです。独特の文化を持つこのエリアは古くから牡蠣で知られ、カンカル Cancale、パンポール Paimpol、ブレスト Brest周辺、キブロン Quiberon周辺が有名です。絶滅寸前のフランス平牡蠣は、ブルターニュで大部分が生産されています。
上記地図上では、ブルターニュは南北に分けられています。
3) Pays de la Loire ロワール地方 6128トン
フランス最長ロワール川が運ぶ栄養分が、この産地のプランクトンを育んでいます。ブルニュフ湾 Baie de Bourgneuf やノワールムティエ Noirmoutierが有名産地です。
この地の牡蠣は地元の白ワイン、ミュスカデ Muscadetやグロ プラン ド ペイ ナンテ Gros plant du pays nantaisとあわせるのが定番とされています。
4) Poitou-Charentes ポワトー・シャラント地方 37475トン
塩田の跡地で、淡水と海水が交じる独特の養殖池クレール Claireでは、フランスで最も評価の高いグリーンオイスターができます。2009年に IGP地理的表示保護を取得した Marennes-Oléron マレンヌ・オレロンが有名。フランスで最も流通している牡蠣の1つです。マレンヌオレロンの牡蠣の詳細は下記のページです。
牡蠣のロールスロイスとも言われ、高級フレンチレストランご用達の著名牡蠣生産者、Maison Gillardeau メゾン・ジラルドー もこのOléronオレロンにあります。
5) Arcachon-Aquitaine アルカション・アキテーヌ地方 4249トン
ボルドー傍にあるアルカションは、独特の入り江になっており、穏やかな気候が特徴。フランス屈指の牡蠣養殖地でとても有名です。この地はその穏やかな気候が牡蠣の幼生に最適。現在、フランス最大の幼生牡蠣の生産地で、フランスはもちろん、欧州全域に輸出しています。アルカション内は複数の海岸があり、カップ フェレ Cap Ferretの牡蠣が有名です。
アルカションの牡蠣は、地元ボルドーの辛口白ワインとあわせるのが定番とされています。
6) Méditerranée 地中海沿岸地方 5400トン
南フランス、地中海傍の塩水湖、トー湖 Lagune de Thauが、地中海側の牡蠣養殖の大部分を占めます。セット Sèteに近いこの塩水湖はプランクトン豊富で、牡蠣の養殖に最適。ブジーグ Bouziguesの牡蠣が有名です。
この地にあるタルブリッシュ社Tarbouriechは、ロゼ色の牡蠣 Huître Rose、別名ピンク ダイヤモンド Pink Diamondと呼ばれる美しい殻の牡蠣を養殖しています。タラブリッシュ社のホテル・レストランや、ガストロノミックなフランス料理レストランで見つけることができます。
この地の牡蠣は、地元南仏の白ワイン、ピックプール ド ピネ Picpoul de pinetとあわせるのが定番とされています。
イタリアに近いコルシカ島は、海に囲われているにも関わらず、歴史的に魚貝類の養殖が行われてきませんでした。1960年代から ディアナ Dianaとウルビノ Urbinoの塩水湖で牡蠣の養殖が行われています。
フランス牡蠣の引越し 「移牧」
以上がフランスの主要産地です。次に「各産地の味わいの特徴は?」となりますが、フランス人の大部分が知らない、微妙な話があります。フランスでは、牡蠣養殖の際、幼生・稚貝の段階から最終的な出荷までを同じ場所で一貫生産していないことが多いのです。牡蠣の養殖は産卵から出荷まで約4年が必要ですが、各生育段階で最適な環境は同じではありません。最適な環境に合わせて牡蠣の引越し(これをフランスでは、移牧:Transhumanceといいます)を行う生産者がおり、この 産地間や産地内での牡蠣の引越しは、明瞭に表示されずに販売されています。
具体的にご説明しましょう。南西フランス、ボルドー傍のアルカションの例です。
(A) アルカションで産卵、稚貝となり、北フランスのノルマンディ地方に移動し、3年育成(élevage)し、最後アルカションに戻り、数週間の仕上げ熟成(affinage)を行って、出荷する。
(B) 産まれてから最後の出荷まで全てアルカションで行われる。
最終的な梱包・出荷地名が産地名となりますから、両者とも「アルカション産の牡蠣」として出荷可能で、見分けがつきません。数年間行われる育成élevageに関しては、「どこの国」かを表示する義務がありますが、「どこの地方」かの表示義務はありません。上記どちらも「élevées en France フランスで育成」のみ表示されることが一般的です。
牡蠣は育った環境に大きく影響され、どんなプランクトンを食べたかによっても香味が変わることが知られています。当然、(A)と(B)は味わいに違いがあります。この(A)のような産地間の移動は、かなりの頻度で行われていることが知られていますが、それが表記上ではわからないことが多いです。
この牡蠣の引越し、移牧は、国境を越える場合もあります。
(C) アルカションで産卵、稚貝となり、アイルランドに移動にして数年育成し、最後アルカションに戻り、数か月の仕上げ熟成が行われ、出荷。
Benjamin Jérômeによる記事、「L’Irlande, asile de l’huître française」 LE PARISIEN 2013年12月12日はこの牡蠣の引越をよく捉えています。情報ソース
1. La Tremblade、シャラント・マリティムのフランス国立海洋開発研究所 IFREMERが、販売用孵化施設に生殖用の雄を供給します(La TrembladeにIFREMERの施設があります)。
2. Vendée、保護された水槽内で産まれた幼生は、3~6か月後に売却されます。この段階で2~4㎝になります。
3. Clew Bay, Irlande、低温輸送のトラックでアイルランドへ運ばれ、牡蠣は18~24か月成長します。
4. Bannow Bay, Irlande、牡蠣は成長の最後をアイルランドのバナウ ベイで過ごし、グラな味わいが加わります。 ここで味わいが決まります。
5. Oléron、 販売可能なサイズになったらフランスに戻り、顧客へ送られるまで貯水池でストックされます。ここからフランス各地や、ロシア、中国へ輸出されます。
前章「フランス牡蠣の主要産地」で、「ノルマンディ地方がフランス最大の牡蠣生産地」と書きました。実際そう説明している仏語サイトが公的機関のものも含めて沢山あります。しかし、統計でみると 2021年で8385トンの消費者向け出荷量しかなく、Poitou-Charentes ポワトー・シャラント地方の37475トンの方が遥かに大きいのです。これはノルマンディで約3年間育成された大量の牡蠣がポワトー・シャラント地方に移動して、ポワトーシャラント地方の名前で出荷されていることが大きな理由です。実際ノルマンディは年間約25000トンを生産していますが、ノルマンディ産の名前で消費者に出荷しているのはその3分の1程度(2021年で8385トン)となります。
牡蠣養殖の技術が向上し、産地間の引越し、移牧が普通になった現代においては、「特定産地の牡蠣の品質や味わいの特徴」をシンプルに議論することは非常に難しくなっています。「北ブルターニュやノルマンディの牡蠣は、磯の香味が感じられるドライな味わい。」「マレンヌ オレロンやアルカションの牡蠣は肉付きがよく、甘みを感じる」、と言った説明をフランス人達から聞くことがありますし、ネット上で見つけることができます。実際その説明通りの味わいの場合もありますが、全く異なる場合もあるのは当然でしょう。
さて、フランス牡蠣に詳しい方なら、次のように反論されるかもしれません。「フランス西部、マレンヌ オレロン Marennes Oléron の牡蠣は、公的な認証 IGP (Indication géographique protégée 地理的表示保護)がついているから、100%マレンヌ オレロン産だろう!」と。2009年に始まったこの欧州最初の牡蠣IGPは、特にグリーンオイスターが有名で、フランスで最も評価の高い牡蠣の産地として知られています。残念ながら、このIGPは産卵から出荷まで100%マレンヌオレロン産を保証しません。牡蠣の養殖は産卵から最終的な出荷まで約4年かかりますが、最後の仕上げの数週間~数か月をマレンヌオレロンで過ごせば、このIGPマレンヌ オレロンを名乗れることができます。最後の仕上げより前の工程は、ベルギー国境からスペイン国境までのフランス大西洋岸側であればどこでも可能なことが、明確に法規に記載されています(フランス地中海側や外国で育成した牡蠣は禁止)。「フランスのノルマンディ地方やブルターニュ地方で3年過ごし、最後の数週間マレンヌオレオンで仕上げることで、IGPマレンヌオレロンのグリーンオイスターを名乗ることが可能」です。
この微妙なお題を修正していく新しい動きが出てきました。それはIGPノルマンディの牡蠣 Huître de Normandie です。2023年秋に認可された新しいIGP地理的表示保護。上記のマレンヌ オレロンに続いて2つ目のIGPになります。このIGPでは、産卵・稚貝の段階は規定がないものの、育成から仕上げの段階をノルマンディで過ごすことが義務付けられており、ノルマンディ内の引越し、移牧のみ認められています。つまり牡蠣は生誕から出荷までの大部分の期間をノルマンディで過ごすことになり、「ノルマンディ産の牡蠣」という消費者のイメージに即した食材になることが法的に整備されることになります。
このノルマンディのIGPに刺激を受け、地中海側のトー湖 Thau、大西洋側のノワールムーティエ Noirmoutier、イルドレ Ile de RéがIGP申請準備をしたり、検討を行っているようです。他にもIGPに興味を持っている牡蠣産地があり、この流れが続いていく可能性があります。
これ以外にも公的機関の認証ではない、独自のシステムを打ち出す産地もあります。著名な牡蠣産地アルカションの中核であるカップ フェレ Cap Ferretの生産者達は、2018年から2種類のロゴを独自に商標登録しています。
Huîtres Arcachon Cap Ferret Tradition®
「Tradition トラディション」と名前がつけられた黄色のエチケットは、牡蠣が産まれてから梱包・出荷段階までの全工程が、アルカション内で行われた牡蠣にのみ使用が認められています。
Huîtres Arcachon Cap Ferret Sélection®
「Sélection セレクション」と名前がつけられた赤いエチケットは、最後の仕上げ熟成を6週間以上アルカション内で行った牡蠣にのみ、使用が認められています。「セレクション」の牡蠣は生誕から最後の仕上げ熟成の手前までの間、他産地にいた経験のある牡蠣とも言えます。
今後、同一産地で生誕から出荷までを過ごした、厳密な産地名付きの牡蠣が消費者に受け入れられるか、はまだわかりません。味わいの面でどちらが上かは議論のあるところですし、引越し・移牧で品質を上げている有名生産者の「ブランド牡蠣」を選ぶ消費者もいるでしょう。特に輸出市場では「ブランド牡蠣」が優勢なイメージがあります。
情報ソース
Agreste
INAO
LE COMITÉ NATIONAL DE LA CONCHYLICULTURE (CNC)
Huitres Arcachon (CRCAA)
Huîtres Marennes Oléron
Tarbouriech
Le Parisien
Midi Libre
Ouest-Libre
Aquablog
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