フランス料理、ガストロノミーを語る上で欠かせない重要な食材に、牡蠣(カキ)があります。フランスは欧州全体の約90%を生産、消費している牡蠣大国。伝統的に生魚を食べないフランス人ですが、興味深いことに、牡蠣は生で食べるのが一般的。高級フレンチレストランだけでなく、殻付きの牡蠣を買って家庭で生牡蠣を食べる人も多く、クリスマスや年末年始に必須の食材となっています。
フランスの牡蠣の種類
世界中には100種類以上の牡蠣がありますが、フランスで食用とされる牡蠣は以下の2種類です。
左がフランス在来種の平牡蠣、右が日本原産の真牡蠣
真牡蠣 Huître Creuse ユイットル クリューズ
真牡蠣(マガキ)は、現在フランスで生産、消費されている牡蠣の約98.5%を占めます。学名 Crassostrea gigas, Magallana gigas。英名パシフィックオイスター Pacific oyster。Creuse はフランス語で「窪んだ」の意味。日本原産のマガキ真牡蠣で、今世界で最も養殖されています。フランスには1966年以降導入。その経緯は後述の「フランス牡蠣の歴史」をご覧ください。
平牡蠣 Huître Plate ユイットル プラ
平牡蠣(ヒラガキ)はフランス在来種。ヨーロッパヒラガキとも言われます。学名Ostrea edulis。英名フラットオイスター Flat oyster。Plateはフランス語で「平たい」の意味。19世紀中盤まで、フランスの食用牡蠣はこの1種類だけでした。1920年代から減り始め、1960~1970年代に病気で壊滅的な打撃を受けました。現在、天然平牡蠣は絶滅危惧種。ブルターニュ地方を中心に養殖されていますが、フランス全体で僅か1.5%を占めるだけです。真牡蠣より深い海で生育し、成長により時間がかかります。生産量が少ない分、価格はより高め。平牡蠣は各地で古くからの呼び名があり、南西フランス、アルカションではグラヴェット Gravette、 北西フランスにあるブルターニュ地方ではブロン Belon、或いはベロン Bélonと呼びます。ブルターニュ地方では、大型の天然平牡蠣をピエ ド シュバル Pied de cheval(馬の蹄を意味)と呼び、大きなものでは30㎝近くになります。
フランス牡蠣の歴史
欧州では古代ギリシャ、ローマ時代には牡蠣を食していた記録があります。フランスのパリでは17~18世紀には、牡蠣は王侯貴族の食卓を飾る高級食材となり、太陽王ルイ14世は毎日大量の牡蠣を食べたという逸話が残っています。この時代、低温輸送は不可能であり、沿岸部を除くと、鮮度のいい牡蠣を食べられる人は限られていました。
19世紀中盤以降、フランスは鉄道網が発展し、内陸部まで安価で大量に輸送可能になると、牡蠣の需要は一気に増えるようになります。結果、乱獲となり天然牡蠣は減少。海外から牡蠣の輸入が行われるようになります。1868年5月、フランス牡蠣の歴史を変える事件が起こります。ポルトガルからフランスのアルカションに向かっていた船 Morlaisien号が、暴風雨にあいます。船は時間が経って不衛生となった積み荷のポルトガル牡蠣をジロンド河に投棄。この牡蠣が生き残り、フランスの環境でポルトガル牡蠣の強い繁殖力が証明されたのです。生産量不足に悩んでいたアルカションは、1870年代にポルトガル原産牡蠣 Crossostrea angulataの養殖を開始。これが大成功し、フランス中でポルトガル原産牡蠣が養殖されるようになっていきます。これ以前、フランスには在来種の平牡蠣しかなかったのですが、浅瀬にポルトガル原産牡蠣、より深い海に平牡蠣という形で住みわけがなされ、現代的な養殖技術が確立されていくようになります。1900年頃、フランスで生産される牡蠣の3分の2はポルトガル原産、3分の1が平牡蠣でした。
エドゥアール・マネの、かき牡蠣とレモンの静物画。1862年作 画像引用:WIKIPEDIA
20世紀は、フランスの養殖業者達にとって激動の100年でした。1920年代、平牡蠣は伝染性の病気により激減。1960年代にはほぼ絶滅してしまいました。ポルトガル原産の牡蠣も、1960~70年代にはウィルス性の病気でほぼ絶滅。フランスの養殖業者は、日本原産の真牡蠣 Crassostrea gigasを、1966年から導入。現在フランスで出荷されている牡蠣の98.5%を、この真牡蠣が占めています。
フランス牡蠣養殖の危機を日本の真牡蠣が救った形になるのですが、1990年代に入り、ヘルペスウィルスが日本原産の真牡蠣を襲います。特に2008~2010年の流行は凄まじく、幼生や稚貝の死亡率が跳ね上がり、場所によっては全滅する被害を受けました。フランスの牡蠣産地は現在も同じ問題を抱え、2008年以前の生産量に戻すことができていません。
21世紀に入り、フランス牡蠣は、渇水と水温上昇という地球温暖化の影響を大きく受けています。程よい水温上昇は、牡蠣の生殖能力を上げますが、同時に上記のヘルペスウィルス等汚染の問題を引き起こしています。そして渇水の問題も深刻です。牡蠣はプランクトンを餌をしていますが、海水はプランクトン生育に十分な栄養分を保持していません。プランクトンに必要な栄養分は、陸地から川を通じて海に流れ供給されます。その川の水量が渇水と気温上昇による蒸発で減少し、海水中のプランクトンが不足するようになっています。結果牡蠣の生育が悪くなってきているのです。また、大気中の二酸化炭素CO2濃度の上昇により、海の酸度が上がり、炭酸カルシウムの殻で覆われた貝類は成長に問題を起こしているようです。
フランスの養殖業者もこれらの事態に対応するため、より北方に活路を見出しています。フランス最北、ベルギーとの国境に近いダンケルク周辺で牡蠣養殖をテストを行っています。ドーバー海峡を渡ったアイルランドにも進出し、フランスとアイルランド両方で養殖を行っている有名な業者もいます。様々な養殖技術の改良を含め、今後も新しい動きがあるでしょう。
フランス牡蠣の大きさ
フランスでは、牡蠣の大きさを番号で表します。真牡蠣と平牡蠣で少し異なりますが、数字が小さくなるほど、大きなサイズになります。大きい牡蠣の方が、1個当たりの価格は上がりますが、大きければ大きいほど美味しいかというと、そうでもありません。一般に流通しているサイズはNumero 2 ~ 4。牡蠣の身は加熱すると縮んで小さくなる性質があるので、加熱する場合、Numero 1かそれ以上の大きさの牡蠣が推奨されています。
平牡蠣の番号と重さは業界内で統一されていません。表の数字は仏経済財務省DGCCRF資料がベース。平牡蠣の大部分を生産している北ブルターニュの生産者委員会 Comité Régional de la Conchyliculture Bretagne Nord(CRC)の資料では、00番は90~119g、000番は120~149g、0000番は150g以上となっています。
フランスで牡蠣を買うポイント
1) 木製パニエと保管温度
フランスでは、牡蠣は生きたまま殻付きで販売されます。Bourricheと呼ばれる木製パニエに12~24個入って梱包されているものか、1個づつバラ売りVracが普通です。牡蠣は鮮度が命。1週間から10日が消費期限。養殖業者直売を除き、梱包された木製パニエの牡蠣が推奨されています。木製パニエは温度の急激な変化を和らげ、牡蠣の鮮度をより長く維持できます。しかも消費期限等が明確に書かれています。牡蠣は5度から15度の低温保存が必須。木製パニエをそのまま冷蔵庫の野菜室に入れられればベストです。
2) Fines フィーヌか、Spéciales スペシャルか
フランスでは、牡蠣を販売する際に、Fines フィーヌか Spéciales スペシャルかを表示します。これは一般に牡蠣の身の肉付き度合いを表します(厳密には、牡蠣の身の部分を重量換算で何%かを計算。Spécialesの方が値が高い)。
● Fines フィーヌと書かれていた場合、身がスリム。繊細で辛口な味わいの牡蠣が多いです。
● Spéciales スペシャルと書かれていた場合、身に厚みがあります。グラで歯ごたえのある味わいの牡蠣が多いです。
3) Iodé イオデか、 Douxドゥーか
法規上の義務はありませんが、近年木製パニエのエチケット上で見かけるようになりました。
● Iodé イオデは、一般にヨードの香り、海や磯の香りを一般に指しますが、味わいの場合は塩味を指します。
● Doux ドゥーは、甘味を指します。残糖はありませんが、甘味を感じる度合を指します。
一般に5段階で表示され、より塩味を感じる牡蠣か、より甘味を感じる牡蠣かを見分けることができます。
2)と3)の表記は相関関係があります。Fines フィーヌな牡蠣はIodé イオデなことが多く、Spéciales スペシャルな牡蠣は Doux ドゥーな牡蠣が多いです。
これらの表記を参考にすれば、好みの味わいの牡蠣を見つけることができるでしょう。
4) 牡蠣の季節
フランスには、「Rを含む月に牡蠣や貝類を食べる」という伝統があります。具体的には9月から翌年4月までは単語にRを含むので、この時期に食べるのがいいという考え方です。これは、1759年、フランス王ルイ15世が、5月から8月まで貝類の採集・販売を禁止したことに始まります。当時は冷蔵設備がなく、暑い季節に低温で輸送・保管することができなかったため、衛生面の問題から禁止されたようです。
フランス革命後もこの伝統は引き継がれました。衛生面の問題はもちろん、5月から8月が牡蠣産卵の季節で、身が痩せて味わいが落ちることや、稚貝を保護し、牡蠣の再生産を守る意味合いがありました。
現代では、貝類の低温輸送・保存は世界中当たり前です。さらに産卵を行わない三倍体真牡蠣がフランスでも増えたことで、1年中美味しい牡蠣が流通する時代になりました。フランスは夏の休暇を海沿いで過ごす人が多く、牡蠣産地傍の観光客が一気に増えます。夏の牡蠣消費は養殖業者達にとって、大きなビジネスになっています。
このように一年中牡蠣が食べられるようになりましたが、「フランス牡蠣の一番美味しい季節はいつか?」という質問に対しては、「2月~4月」と答えるプロの方が多いです。この時期の牡蠣は産卵の前で肉付きが増しており、食べ応えがあります。
フランスにおける生牡蠣の一般的な食べ方と、応用編
フランスにおける生牡蠣の一般的な食べ方は、次の3つです。
1) 何もつけないでそのまま食べる
2) レモンやライムを絞ってかける
3) Mignonette ミニョネットをかける。エシャロットと赤ワインヴィネガーのソース(上記写真)。
そして、生牡蠣を食べる際、パンとバターを一緒に食べます。パンはライ麦パンが多いです。バターは無塩バターが多いですが、有塩バターを好んで使う人もいます。
この一般的な食べ方に対しても、様々な意見があります。「何もつけないで食べるのが一番。レモンを絞るのは輸送保存が悪かった時代の方法論だ!」「ミニョネットの赤ワインヴィネガーは生牡蠣の良さを消す」「バターは有塩Demi-selでなくてはいけない」とか…..。
これ以外では、
4) トマト、キュウリ、セロリ、生玉葱、アボガド、柑橘系、リンゴ、パッションフルーツ等、野菜・果物を細かく切る
5) 生ハムやサラミ等、乾燥させた肉類を細かく切る
6) キャビアや、アンチョビ等他の魚貝類を細かく切る
7) バルサミコ酢、フランボワーズ・ヴィネガー等の酢・ヴィネガー類
8) オリーブオイル等オイル類
9) 黒・白胡椒、唐辛子、パプリカ等のスパイスや、パセリ、アニス等のハーブ
10) ウォッカ、ジン、ワインやシャンパーニュ等アルコール類
これら1)~10)を単独或いは組み合わせ、生牡蠣の上に乗せて/かけたレシピが多いようです。
生牡蠣に合わせるフランス・ワイン
生牡蠣には、「樽香を感じさせない、フレッシュな辛口白ワイン」をあわせるのが一般的。牡蠣にある潮の風味、海の風味を引き立たせます。
ミュスカデ、アンジュ、サンセール & プイィ フュメ
シャブリ(特にプティ シャブリ)
シルヴァネール& リースリング
アントル・ドゥー・メール
エクストラ ブリュットのシャンパーニュやクレマン等の泡
近年試されている組み合わせとして、甘口白ワイン、ソーテルヌと生牡蠣があります。一見冗談かと思いますが、実際にやってみると、ポジティブな反応の人が多いです。高級なフレンチレストランでも見かけるようになりました。是非一度お試しください。
牡蠣の自動販売機 Distributeur automatique
近年、フランス牡蠣産地で増えつつある牡蠣の自動販売機 Distributeur automatiqueをご紹介します。低温で管理された冷蔵庫に、牡蠣のパニエが入っていて、カードで決済します。写真はブルターニュ地方の自動販売機とそのパニエ。24時間いつでも購入できる利点も大きいですが、生産者直売で鮮度が最高です。
情報ソース
DGCCRF
Huitres Marennes Oreron
Huitres Arcachon (CRCAA)
ETAT DES LIEUX DE LA FILIERE OSTREICOLE
Agreste
AANA
「詳解 フランス牡蠣の世界」は全5ページで構成されています。是非他のページもご覧ください。